鳥取県議会 2023-02-01 令和5年2月定例会暫定版(3/2 一般質問) 本文
そのほかにも多摩全生園という東京のところ、それから群馬県におきます栗生楽泉園、それからあと熊本県におきます菊池恵楓園、これらに1名ずついらっしゃるわけであります。
そのほかにも多摩全生園という東京のところ、それから群馬県におきます栗生楽泉園、それからあと熊本県におきます菊池恵楓園、これらに1名ずついらっしゃるわけであります。
いまだに熊本の菊池恵楓園には佐賀県出身のハンセン病の患者さんが入所されていることから、知事が就任後、園を訪れ、長い間の差別への贖罪として、かつて社会復帰され、園を出られる方をお見送りされる際に鳴らされていた「希望の鐘」を平成二十九年に復元、設置したことは記憶しております。
事業費の七百七十八万八千円の内訳としましては、菊池恵楓園に復元をいたしました「希望の鐘」と同じ鐘を製作しまして、県庁をバスで訪れる方がたくさんお見えになっております、そこの停車する動線にあります新館の北側に鐘楼を設置する費用で六百九十三万八千円となっております。
私は、菊池恵楓園に県が設置した「希望の鐘」によって、ハンセン病への誤った認識や、過度の差別による人権問題を引き起こしたことを二度と繰り返すまいと誓ったことは意義深く、よかったことだと思っています。それを思い起こし、新型コロナ感染症に感染し、命を落とした方を含め、感染者や関係者が誹謗中傷、差別を受けないようにと思われた知事のお気持ちについては受け止めたいと思っています。
そして、熊本県の菊池恵楓園を知事は訪れた。そして、今現在も佐賀県民の方、佐賀出身の方が九名いらっしゃるそうです。その皆さんの声を聞かれたそうです。 私は行ったことがないから、私にない気づきが多分あったんだと思います。 退所をされるときにその鐘を鳴らす。希望を持って退所をされる。
かつてハンセン病に対する誤った認識から、佐賀県でも、患者である県民を差別し、熊本県内の施設「菊池恵楓園」へ送ってしまった過去があります。私は、知事就任後、恵楓園を訪れた際に、入所された方から直接、退所者は少数にとどまったが、退所される際に鳴らされていた鐘がさびて使えなくなっていること、故郷に戻れる日が来るかもしれないとの希望がこの鐘には込められていることを伺いました。
この菊池恵楓園の園内にこの子供の施設があり、そこから小学校に入学する際に、地域からこのような入学阻止の反対運動が起こり、学校正門にピケを張っていました。これらのことを鑑みたとき、私はこのハンセン病の患者家族に対する補償は、そして国の謝罪は必要であるというふうに感じています。 そして、次に、精神障害者の交通運賃割引制度の適用を求める意見書提出について。これは簡単です。
去る三月二十七日に本県出身者の方々が入所されている国立療養所「菊池恵楓園」に寄贈した「希望の鐘」の除幕式を行いました。私自身も出席し、入所者の皆様に喜んでいただきましたが、同じ過ちを繰り返さない、そして差別と偏見のない社会をつくっていくという意を、一層強くいたしました。
また、東京の多摩全生園や熊本の菊池恵楓園では、園内に保育園をつくり、岡山の邑久光明園に社会福祉法人の特別養護老人ホームが開設しました。私も全国各地のハンセン病療養所を訪問させていただいていますが、各地の療養所で県や市が積極的に関与しながら、地域性を生かした将来構想がつくられていることに大変学ばされています。 もちろん各療養所の将来を決めるのは入所者です。
この事業は、かつて国立ハンセン病療養所菊池恵楓園に設置され、社会復帰する入所者がこの園を去っていくとき、見送りの意味を込めて鳴らされたという「希望の鐘」を復元し、ハンセン病問題のシンボルとするものと聞いております。このことは、人に寄り添い、人と対話し、人の思いを感じ、次の世代へつなげていくという知事の姿勢そのものを具現化したものとして評価しております。
人権が尊重される差別のない社会の実現につきましては、過去、誤った認識のもとで制定された法律により、ハンセン病患者の皆様が強制的に隔離されていたという歴史を振り返り、今後の警鐘とするため、国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」の「希望の鐘」の複製を製作し、ハンセン病問題の理解啓発及び人権を尊重する風土の醸成に取り組むことといたしました。
そのような無らい県運動を検証するために、県は、2011年1月に、学識経験者、菊池恵楓園の入所者代表等で組織する検証委員会を設置し、検証作業を進めて、本年6月30日に、知事に対して報告書の提出がなされております。
10月26日に菊池恵楓園のほうに天皇皇后両陛下が行かれまして、あのときは水俣病の患者さん、そしてこの施設訪問ということになりました。そのときに長くそこにおられる方々に天皇皇后両陛下がお声がけをされていた、そこに我々としての負の遺産を決算しなければならないという思いを強くさせていただきました。今後とも我々の事業をしっかりと現場の声を聞いて進めてまいりたいと思います。
私の地元には、全国に13カ所あります国立のハンセン病療養所において、最も入所者の多い菊池恵楓園があります。ここに入所されている方の平均年齢は81歳を超え、高齢化に伴い、看護や介護を必要とされる方が年々増加しておられます。
菊池恵楓園の将来構想に対する県の取り組みについてお尋ねをいたします。 熊本県合志市に所在する国立療養所菊池恵楓園、これまでハンセン病の患者であった方々とその家族の方々は、らい予防法を中心とする国の隔離政策により、この施設で長年にわたり地域社会において平穏に生活することを妨げられ、身体及び財産に係る被害や、そのほか社会生活全般にわたる人権上の制限、差別を受けてこられました。
また、委員会発議によるハンセン病問題基本法の制定と国立ハンセン病療養所菊池恵楓園の医療・福祉の充実を求める意見書を別途御提案申し上げております。 最後に、本委員会所管事務の継続審査事件については、議席に配付のとおり決定いたしました。 議員各位におかれましては、本委員会の決定のとおりよろしく御賛同賜りますようお願い申し上げまして、厚生常任委員長の報告を終わります。
熊本・菊池恵楓園の太田國男さん七十四歳、そして岡山の長島愛生園の宇佐美治さん七十九歳、このお二人にお話を伺う機会がありました。お二人は、十四歳、二十四歳、それぞれそんな若い時代にハンセン病の宣告を受け、家族と引き裂かれて六十年近い歳月、隔離生活を療養所で送ってまいりました。
しかしながら、ハンセン病療養所菊池恵楓園入所者に対する宿泊拒否問題、犯罪被害者やその親族等に対するプライバシーの侵害、いわゆる同和地区を特定して誹謗中傷をインターネット上で繰り返すなどの人権侵害事案が生起している状況である。このような人権侵害事案については、その具体的救済の手段である人権侵害救済制度の確立が急務である。
本県には、全国最大規模のハンセン病療養所であります国立療養所菊池恵楓園があり、また、ハンセン病の歴史を大きく変える熊本地裁の判決が出されたこと、さらに、一昨年の宿泊拒否事件が起きるなど、他県に比べこの問題に深いかかわりがあるところでもあります。
昨年の八月に菊池恵楓園に、十二月には宮古島の宮古南静園にお邪魔し、自治会の方々と交流をしました。高い塀に囲まれ、いわれなき差別の中で名前を変えられ、強制労働、断種、中絶、人間としての名誉を剥奪され、死んでもなおふるさとに帰れなかった方たちの無念を思うとき、知らなかった私たちも加担者だったのだと気づきました。